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1月×日 今年初めて「刈穂」の蔵に出かけてみる。年末までに仕込まれた山廃超辛口のシリーズが連日槽掛けされていて、その中から日本酒度+20の番外品超超辛口の候補が二本続けて上槽となった。
例年だと、もろみの最高温度を十六度とかかなりの高温までもっていって、後半一気に切るというのがパターンだが、今年は程々の温度でもどんどんもろみが切れていって、搾った段階でも香りが良く出ている。
「出羽の雫」も例年だと仕込みに入っているのだが、今期は酵母の選定でぎりぎりまで蔵元とつめた結果、今年も熊本系のスペシャル酵母を使うことになり、仕込みは二月に入ってからということになった。
1月×日 「福乃友」で亀の尾仕込み純米吟醸の上槽。酒はすばらしい。亀の尾独特の酸味とみずみずしい口当たりが独創的である。ここは水が軟水でもろみの切れに苦労するところだが、今年も案の定最後の切れが今いちで、もろみ日数がかなり長くなったが、何とかいい線で搾れて一星社長もホッとしていた。
今年の亀の尾は頃の値段が少し下がったのと、雄町や改良信交との価格の整合性を図ろうということで、1、8リットル¥5、000からなんと¥3、000に値下げすることになった。
生原酒は1月中に発売予定!
1月×日 奈良県の「梅の宿」酒造から、舟で搾ったそのままを詰めた槽口の「アンフィルター」が届いた。リンゴやアンズのような香りをもった新感覚の日本酒である。
1月×日 午前中、横手市の酒蔵「かまくら」へ。最近は「雪の音」という銘柄が定着している、新進気鋭の蔵である。五十代なりたての照井杜氏は、ここ数年驚くほど造りに進化を見せている。
こちらとも蔵人自らが栽培した酒米でアルコール度十五度の原酒を仕込んでもらったり、また、新しい酵母AK-4を使ったアルコール度十度のソフトタイプの純米の雫取りした分を特別に分けていただいたりと、つながりが少しずつではあるが、深くなってきている。 蔵ではちょうど品評会用大吟醸の麹が室に入っていて、実にいい手触りでほくほくの麹を作り出していた。手でくっと握ったときのふわっと来る柔らかい感触が麹のすばらしさを物語っている。じっくり蒸して、じっくり室で乾かしてきっちり温度をかけてやってはぜ込みのきいた麹である。
照井杜氏とこれからの酒の姿や仕込みのあり方をあれこれ話していると、この3、4年前から麹造りや仕込みの自分なりの会得したコツがあるようで、それがとても理にかなっていて酒の進化の元になっているようだ。
午後からの平鹿町の「天の戸」へ。とにかくこの蔵は来る度にどこか手を加えていて、今年は麹室にエンビのパイプに穴を開けた温度調節用の細工をつくっていて、森谷杜氏の自信の作らしい。
山田錦を使わず、自米にこだわるこの蔵は、美山錦や吟の精といった米でも、山田錦に負けないふわっとした手触りの味の出る麹造りをしようと試行錯誤中で、麹の温度管理をよりきめ細かく出来るようにとの工夫だ。
もろみを見せてもらうと、過去五年連続全国鑑評会で金賞をとった蔵とは思えないような味のある酒ばっかりだ。40%精白の吟醸でもまだもろみ日数十日余りというのに米の味がしっかり出た個性にあふれた姿をしている。
森谷杜氏のスター性とブームにのった天の戸人気は、こうした個性かとは別の世界にあって、決して天の戸の酒のあり方が理解されてのことではないのだ。好き嫌いの出やすい天の戸ならではの味を主張する酒だからこそ、蔵の今いる位置、これから変わっていくだろう方向性とともに消費者の皆さんにきちんとお伝えすることが重要であると再認識する。
森谷杜氏と日記のキャッチボールなどをしながら皆さんに天の戸の今の姿をお伝えすることが出来ないか考えている。
1月×日 今年はまったくの暖冬だからと決め込んで、早めに県外の蔵にも出かけてみようと、早くから航空券、ホテルなどを手配していたら、にわかに本格的な雪が降ってきた。
留守の間の除雪のことを考えると出かけるのに気が引けるが、キャンセルできない特割切符なので、とりあえずゴー。
秋田空港についたらびっくり。予約がない!インターネットで予約したつもりが一週間以内にチケットを買っておかないとキャンセルになるということだった。JASはチケットレスOKだったので、ANAも同じだと思ったのが大間違い。それでも予定の便にみんな空きがあってほっと一息。
1月×日 その日のうちに福岡まで飛んで、レンタカーを借りておいて、翌日早朝から佐賀の「東一」へ向かう。出かけたらどんどんと雪が降り出し、大宰府や鳥栖は吹雪。佐賀の武雄インターで降りたら、路面凍結で車は大渋滞。1時間半の予定が三時間かかって蔵に到着した。(酒蔵見学は別記を見てね)
いつも博多から電車なのに、わざわざ車にしたのは途中の「吉野ヶ里遺跡」を見たいから。二時間ほどで蔵をお暇し、長崎自動車道に乗ったら、雪のため多久というところで下ろされてしまった。雪はどんどん降ってくるし、車は渋滞してるし、このままだと帰りの飛行機に乗れないのは必死。近くのレンタカーの営業所で車を乗り捨てて、唐津線の一両ディーゼルに乗って佐賀まで出て、博多行き特急に乗り継ぎ、地下鉄から空港と走りに走って出発一分前に間に合った。ホッ・・・。
1月×日 翌日は一便で富山へ。ピーカンの夜明けに雪をかぶった富士山やアルプスの山々を見下ろして快適なフライト。富山空港へ降りたら氷点下で道路はつるつるのアイスバーン。少しあせりながらもまあ順調だったんだろう。何とか目的の「満寿泉」に到着。色とりどり10種類以上の酒をきき酒させていただく。(酒蔵見学記は別記してます)
帰りは桝田隆一郎専務に空港まで送っていただきながら、そばをご馳走になる。山梨の「翁」で修行してきた方の店で、更科も田舎も久々にめちゃおいしかった。
飛行機のチケットから大雪からそのたいろいろあって、無茶してくるといいことないのかな?と思いながらも、本当に日本酒の未来に果敢に向かっている蔵を2つ見れて、たくさんの元気を分けてもらいました。
酒蔵探訪記 「東一」
去年は行けなかったので、二年ぶりの「東一」。ちょうど蒸米があがったところで、にぎやかだ。蒸しをほる人の声が笑いを誘うので、誰かとのぞき込んでみたら勝木製造部長だった。みんな団扇を片手に「ほれ、ほれ、ほれ」と冷ましては麹室に引き込んでいる。とにかく活気がある。笑いがある。「うちは楽しく造るというのが一番ですから」と勝木部長。
精米四〇%の吟醸シリーズの二周り目が始まっていて、四本のタンクが止まっていた。熊本酵母の自家培養を使っているが、昨年に比べてもきりりとしまりのある香りとわきのようだ。もろみのタンクでの循環を考えて特注のホーロータンクをさらに増やし、安定した仕込みが続いていた。
この蔵のすごさは、なんといっても山田錦を蔵の周囲の田圃で栽培していること。そのため米質が均質なので、仕込みの前に成分分析をして今年の米はこうしていこうと方針を立てると、最後まで同じ仕込みができていく。吸水やタンパク成分を考えて今年の米だったら麹はこの温度で何時間、もろみの温度はこれとパターンがしっかりあって蔵の作業がスムーズだという。
「うちは仕込み期間が二百日ほどあり、吟醸造りも何ヶ月もありますから、いかに蔵人がわかりやすく快適に仕事できるかを一番に考えています」と勝木部長。袋吊り斗瓶貯蔵が大吟醸、薮田で絞ったものが吟醸と同じ仕込みの酒でも明快に区別するのもこの蔵ならでは。すごい。
現在、蔵人やその親戚の人たちに栽培してもらっている山田錦の田圃は10町歩。瀬頭社長は、昨年作付けしない田圃を買おうとしたら農家でないため果たせず、蔵人に買ってもらったという。それでも今年、来年中に「農業法人」を立ち上げて年間雇用した蔵人とともに山田錦の栽培を蔵元としてやっていく覚悟だという。
こんな姿勢の蔵の酒がうまくないわけがない。
ずっとおつきあいさせていただいて、さらなる進化を見せてもらおうと思っている。
酒蔵探訪記「満寿泉」
江戸時代から北前船で栄えた富山港のすぐ近くに歴史を感じさせる店構えでたたずむ「満寿泉」は、日本酒のヌーヴェルバーグである。吟醸造りでは全国に名を馳せたこの蔵が、現在は日本酒の新しい姿を求めて、果敢な挑戦を続けている。
杜氏は日本三代杜氏に数えられる三盃幸一郎さん。72歳になられた三盃さんが、何十本とたつ山田錦大吟醸 に自然体で向かっている。仕込み数量の八〇%あまりに山田錦を使用し、40%以下精米の吟醸仕込みが数十本ときくと、大変な労力と考えてしまいそうだが、そこが吟醸造りで全国に名を馳せた蔵と杜氏。精米から仕込みまで本当に特別なことはなく、数十年の熟練の境地と言っていいだろう。 家の店では、数年前までどんなお酒を買っていいか悩んでいる人にまず「満寿泉」をおすすめして、これを飲んでからもっと淡麗がいいかとか、米の味の濃いものがいいかとかを考えてもらうメルクマールのようなお酒ととらえていたのだが、このところの「満寿泉」には、そういう印象は少ない。 それは隆一郎専務が社長や三盃杜氏を説き伏せながら、様々な試みを積み重ねてきたからだろう。格段に変わったのが、麹の量を増やした仕込みである。通常は総仕込量の20%あまりが麹なのだが、それを倍の40%、または蒸し米を使わず、全量を麹で仕込む全麹の仕込みなどのアレンジである。麹のもつ旨味、甘味、酸味がさらに引き立つ味の豊かさは、倍麹の「やっぱり満寿泉」でも体験していたが、全麹になるとその味の世界はさらに深まり、日本酒の新しい領域である。熟成酒の落ちついた味の膨らみもいいが、新酒の切りりっとしたさわやかな酸味も出色である。 さらに際だつのが、ワイン用のフレンチオークの樽に寝かせた全麹仕込みの純米大吟醸スペシャルの「キュヴェ・リュウイチロウ」の存在。コルク栓を抜いてワイングラスに注がれたそれから香り立つ香りといったら、まだ若い良質のシングルモルトのスコッチウィスキーのようでもあり、ナッツやチョコレートの風味でもあり、もう全くこれまでの日本酒の範疇にはないものである。隆一郎専務曰く「これまで日本酒のほめ言葉というと、さらっときれがよくて後味が残らないといいますが、ワインだと飲んだアフターがしっかり残るものが評価されるでしょう。だから、思いっきりくどい後味の引く酒を造ってみたかったんです」。 帰りに山梨のそばや「翁」で修行してきた方の店でそばをごちそうになったが、あのするっとしたのど越しのそばを食べたあとでも、しっかりこの酒の味が舌にまとわりついていて、忘れることができない。1997年の仕込みながら、まだ若さもあって1年以上はさらに熟成するのだろうが、まだ堅さの残る今の味もすてがたい。 まあ、書き出すときりがないが、こんな強烈な印象を受けた蔵は久々だ。この蔵とも新しい日本酒の未来をみることができそうだ。歴史や杜氏の熟練をふまえてさらに進化しようとする蔵の姿勢はまさに日本酒のヌーヴェルバーグである。このわくわくする気持ちを忘れずに、おつきあいしたいきたいものだ。
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